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東北伝設紀行

2022.04.20

山形市 山形県郷土館(文翔館) facebook

山形市七日町にある山形県郷土館「文翔館」。
夏には花笠祭りが賑やかに行われる商店街を抜けた正面に位置する
大正時代の荘厳な建物は、約10年もの歳月を費やし現代に甦った。
東北随一の石造りの建築物が今回の「伝設」の舞台である。

     

旧県庁舎

                                          

いくつもの時代を越えて現代に甦る…

荘厳な石造りが印象的な山形県郷土館「文翔館」。国指定の重要文化財であるこの建物は、県庁舎と県会議事堂として大正2年の着手、大正5年6月に再建された美しい時計塔のあるルネサンス様式の建物だ。大正浪漫を感じさせる優雅な佇まいで、訪れる人々をひととき古の時代へとタイムスリップさせてくれる。
明治9年に現在の山形県が成立し、明治10年に山形県庁舎、同16年に県議事堂が建設されたが明治44年の山形市大火により焼失。大正時代に新たに作られた。
この建物の設計は、東京の慶応義塾大学図書館をはじめ日本近代建築史に残る名作を残した事で知られる米沢市出身の中條精一郎氏を顧問として、東京出身の田原新之助氏が担当したという。田原氏はイギリス人建築家、東京大学で教鞭をとっていたジョサイア・コンドル博士(注1)の内弟子だった。県庁舎、議事堂ともにイギリス・ルネサンス様式を基調としたレンガ造りの建物で、渡り廊下でつながっている。
旧県庁舎は、レンガ作りの3階建てで外回りの壁面は石張りで覆われている美しい外観が魅力。旧県会議事堂はレンガ作りの一部2階建てで、創建当初から公会堂として計画され様々な演奏会や講演会に使用されてきた。
昭和50年まで、実際に県庁舎として使用され、県庁の移転後は文化財として保存することになり、昭和59年に国の重要文化財に指定。その後昭和61年から大規模な修復工事がスタートした。

職人のこだわりと技の集結!創建当初のままに「復原」

昭和61年から平成7年9月まで、実に10年の歳月をかけて行われたこの大規模復原工事の大きな特徴は、解体工事を最小限にとどめて、必要な構造補強を行い、極力在来の材料を使用しながら、従来の工法で創建当時の姿を復原することを目指したこと。
よく文化財などで使わる「ふくげん」という言葉。漢字では「復元」と「復原」の2種類あり、「復元」は遺跡など資料をもとに想像を交えて再現することを言い、「復原」は残されたものをそのまま修理修復することを言う。
文翔館のふくげんは、「復原」であり、カーテン、カーペット、壁紙、シャンデリアを海外から取り寄せるなど当時のままに再現されている。

正庁

 床材のリノリウムは、日本ではすでに製造されていないためドイツから取り寄せて使用。屋根は当時と同じスレート葺きとし、時計塔の銅板葺きの屋根なども復原された。
また、「正庁」「貴賓室」「知事室」「内務部長室」などの天井の漆喰飾り天井は、当時のものを再現できる職人がおらず、県内の職人が試行錯誤しながら独学で勉強し、一人で長い歳月をかけて復原した。議場の美しいヴォールト天井や正面出入り口上のバルコニーなどの意匠も復原。
また、創建当初の壁紙を貼った職人が一部逆さに間違って貼ったものを、直すことなく「復原」の精神にのっとって逆さのまま修復している。文翔館を実際に訪れた時に、どの部屋の壁紙か探してみてほしい。

シンボルの時計塔も卓越した技で復活!

時計塔

文翔館のシンボルともなっている時計塔は、もともと銅板作りの美しいものだったが、戦時中の金属供出により、鉄板に代えられたという。復原工事では、銅板の板金加工がおこなわれ、栃木県の日光より錺(かざり)職人が招かれ、職人の卓越した技で創建当時の見事な形が再建されたのだ。尖塔の台座も古い写真と資料を参考に創建当初の姿に戻すために修復された。
また、時計部分は解体調査でも十分使えるものと判断され、摩耗した部品の取り換えや修理を山形市内の時計技師が担当し、完成させた。                        

山形の文化を伝える郷土館として・・・

現在、文翔館は、建物を一般公開するとともに、郷土の歴史や暮らしに関する常設展コーナー、復原工事を紹介する映像ホールなどを設け、県の郷土資料館となって観光拠点となっている。隣接する議場ホールはコンサートや演劇などでも使用され、ギャラリー、会議室などの貸し出しも行い、県民の文化活動の発表の場として開放されている。
長い歳月をかけて、多くの職人の匠の技で甦った「文翔館」。大正期の美しい建築物は、ここを訪れる幾多の人に無限の感動を与えている。

注1)ジョサイア・コンドル
(Josiah Conder、1852年9月28日 〜 1920年6月21日) はイギリスのロンドン出身の建築家。お雇い外国人として来日し、政府関連の建物の設計を手がけた。また工部大学校(現・東京大学工学部建築学科)の教授として創生期の日本人建築家を育成し、明治以後の日本建築界の基礎を築いた。

 

さあ「伝設」をその目で見よう!

山形県郷土館「文翔館」

●開館時間/9:00~16:30

●休館日/第1・第3月曜日(祝日・休日の場合は翌日)、年末年始
●入館料/無料(ボランティアガイドが無料でご案内いたします)
●住  所/山形県山形市旅篭町3-4-51
●交  通/JR山形駅徒歩20分、
      山交バス 市役所前下車徒歩1分

●詳しいお問い合わせは/TEL.023-635-5500

ホームページ http://www.gakushubunka.jp/

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