にっぽん伝設紀行

秋田県大仙市   国重文・旧池田家住宅洋館 facebook

長年の主(あるじ)不在により、朽ち荒れ果てた洋館。
それはかつて、最高の技術と資材をもって建てられたまちのシンボルだった。
しかし「このままにしてはいけない」と立ち上がった人々が知恵と技術を駆使し、当時の威容を蘇らせたという。その詳細を見ていこう。

地域の教育を視野に入れ 青少年へ向けた 図書館として創設

仙北平野の田園地帯が広がる秋田県大仙市。ここには県内の庭園で初めての名勝に指定された見事な庭園がある。高さ4mを誇る大型の雪見灯籠などが配置された敷地内には四季折々の植物が咲き誇り、季節ごとにまったく異なる表情を見せる。そしてその奥にひっそりと建つのが今回の主役、1922年に建てられた洋館だ。
庭園の持ち主は東北三大地主の一つに数えられる池田家。洋館は14代の池田文一郎によって建てられたと伝わる。もともと池田家は病院の開設など地域貢献にも尽力したことで知られ、この建物も多くの来客を迎える迎賓施設であるとともに、私設図書館として地域の青少年に開かれていた。蔵書は約450冊を超え、担当の係員を配した閲覧室が備えられていた。

当時の「最高」を集めて 作られた優れた近代建築

次に建物の詳細を見ていこう。躯体は秋田県で初めてと伝わる鉄筋コンクリート造りの2階建て。外壁は光沢のある磁タイル貼りで、ところどころにモルタルで装飾が施されている。
玄関はシンプルな開き戸だが、イオニア式柱頭(=古代ギリシアの建築様式のひとつ)を備えた大理石の柱で、玄関ポーチ兼テラスを支えている。玄関を入ってホールを通り抜けると、正面に現れるのが食堂兼音楽室。その内装を飾るのは、今では幻とされているきんからかわし金唐革紙だ。かつてヨーロッパの高級壁紙「金唐革」を和紙で真似た擬革であるが、その優美さと質の高さがヨーロッパで称賛され、逆に輸出するに至ったというものだ。階段は庭園の池を眺める向きに設けられ、踊り場から池を中心とした庭園を見下ろすことができるようにっている。天井の漆喰細工はシンプルながら、手の込んだシャンデリアが吊り下げられている。
当時の最新の技術と最高の資材が注ぎ込まれた、非常に価値の高い優れた近代の建築物であったのだ。

 

大規模修理により当時の 意匠を可能なまで復原

戦後、洋館は地元の集会などに使われていたが、昭和37年に使用された記録を最後に、その存在は長きに渡り忘れ去られていた。しかし平成16年に庭園が国の名勝に指定され、一般公開されたことにより、洋館の損傷の激しさが白日の下にさらされることになる。鉄筋コンクリートの躯体全体は大きく破損し、また屋根からの雨漏りによって木部は腐り、漆喰塗りの部分はあちこちが剥落していた。またシャンデリアや金唐革紙などの内装の多くに破損、欠失が見られたという。そこで関係者らは「これではいけない」と一念発起。平成18年8月、建設(3年)より長い、5年に及ぶ復原工事をスタートさせたのだった。まずは内部の造作を一旦解体し、躯体を抜本的に修理。その後、造作類を補修の上復旧した。建具枠や床板の破損は継木、矧木によって修理。金唐革紙は既存の柄をもとに国選定保存技術保持者の上田尚氏があらためて制作し、1階食堂兼音楽室及び2階食堂壁面に貼り込んだ。こうして総工費約2億8300万円をかけ、当時の趣きを今に蘇らせたのだ。

今なお生きる池田家の家訓 「地域とともに生きる」

日本の各地で小作争議が頻発した大正時代末期にあって、この地は「小作争議のない村」としてその名を知られていたという。その平安は地元に大きな影響力を持つ池田家の家訓「小作人を大切にし、地元とともに生きる」による部分が大きかったとされる。庭園と洋館は現在大仙市へと譲られたが、その佇まいが今なお、かつて地域の発展に寄与した大地主の、高潔な精神性を伝えている。

 


国重文・旧池田家住宅洋館

●住  所/秋田県大仙市高梨字大嶋1
 (国指定名勝「旧池田氏庭園」内)
●T E L/0187-63-8972(大仙市文化財保護課)
●公開期間/5月中旬~11月中旬
●開園時間/9:00~16:00(15:30最終受付)
●休園日/月曜(祝日の場合は翌日)
●入園料/300円(高校生以下無料)
大曲駅から約4km(タクシー利用が便利)
※洋館2階は公開期間や人数に制限を設けております(1階は常時公開)。
詳しくは市HPをご確認ください→http://www.city.daisen.akita.jp/docs/ikedashiteien/

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