にっぽん伝設紀行

福島県喜多方市 新宮熊野神社「長床」 facebook

いただくのは見るも立派な茅葺き屋根
その下には44本の柱が並び立つ。その風格あるたたずまいは時に連れ、さまざまなシーンを刻んできたという。今回はその歴史と由緒をたどっていこう。

立派な茅葺きとずらりと居並ぶ柱が威厳を漂わせる

威容を誇る茅葺きの寄棟造り。よく見ると44本の太い柱が等間隔で並んでおり、周囲には一切の壁も扉もない。新宮熊野神社のかたわらに建つこの吹き抜けの壮大な建物は「長床(ながとこ)」と呼ばれているものだ。その昔、修験者が厳しい修業に励んだ道場として使われたとも、また参拝者が拝礼や祭儀を行う拝殿であるとも伝えられている。さらに近年では、川本重雄氏(前京都女子大学大学長)より「神社関係者が序列化されずに一同に会することのできる大空間であり、また宴会のもてなしを受けられる場所だったのではないか」という見解も出されている。しかし、まだまだ謎の多い建物であることは間違いない。新宮熊野神社の草創は詳かではないが、社伝によれば前九年の役に陸奥征討に赴いた源頼義・義家の親子が武運を祈って河沼郡熊野堂(現在の会津若松市河東町)に、天喜3(1055)年に勧請鎮座したことに始まるとされている。その後、後三年の役で再度この地を訪れた義家が、応徳2(1085)年に熊野神社を現在地に遷宮。以後「新宮」(しんぐう)と称し、寛治3(1089)年に造営を終了したと伝えられている。

およそ830年以上も昔から存在した由緒のある建物

熊野神社長床の建立年代についても同様で、詳細は不明だ。しかし『新宮雑葉記』(しんぐうぞうようき)には「治承3(1179)年在銘の前殿の鰐口が奉納された」と記されており、この前殿が拝殿、すなわち長床であるとすれば、1179年時にはすでに存在していたこととなる。建築様式でいえば、寄棟の屋根と内部に仕切りや建具のない総柱、吹き抜け構造の建物は、藤原時代の貴族の住宅建築様式として知られる寝殿造りの主殿の形式をふんでいる。このことから平安時代末期から鎌倉時代初期の建立ではないかと推定されている。平成25年に長床の柱・垂木部材2点を年代測定にかけた結果が発表され、12世紀後半以降の伐採であることが判明し、上記推定年代を裏付ける結果が出された。もともと今に見られるような総柱吹き抜け構造の建物であった。しかし中世の早い時期には土壁や板壁を付け、戸口や蔀戸を設けるなどの仕様変更が行われた時期もあったようだ。慶長16(1611)年の大地震によって倒壊し、同19(1614)年に会津藩によって再建された。この際、当初の材をそのまま使用したため柱が短くなり、柱間の寸法が縮小され、組物や化粧軒、天井等を廃する改造が加えられ、創建時より一回り小さいものが再建された。記録によれば、正保2(1645)年、天明6(1786)年に修理が行われ、背面入側に祭器庫が設けられた。

昭和38年に重要文化財に指定され、建物自体に傷みが出てきたことを契機に昭和46~49年にかけ、文化庁の指導の下、創建当初の形式・規模に解体復原された。

時代とともにその役割を変えつつ村とともに年を重ねて

実はこの長床には「七不思議」が伝わっている。以下にその7つを記してみる。
一、三社の屋根には鳥がとまらない。
二、長床に烏が巣をかけない。
三、長床の中には蚊が入らない。
四、長床の最北の隅に板が敷かれない。
五、村に火災が起こっても二軒以上燃えない。
六、栗の一年生に実をつける。
七、熊が来て神前に詣でる。

特に「四」には、こんな面白いエピソードが残されている。「長床の北西隅九尺四方には、なぜか床板が張られていない。その昔、飛騨の匠がこの拝殿を建てたときに『一夜で建てる』という誓いを立てて取り掛かった。ところがアマノジャクが鶏の真似をし、鬨の声を立てた。すると匠は夜が明けたと勘違いし仕事を中止した。そのため、床板が張り残されたのだ」。創建当時は「祭儀や修行の場」として建てられた長床も、時を経て「村の憩いの場」としての顔も持つようになった。かつては近くの鐘を2回叩くと村の女性たちが、3回叩くと少年たちが長床に集まる、という決まり事があった、という。いわゆる集会場としての役割を担った時期もあったのだろう。村の年寄りが子どもたちに、先の七不思議を伝え聞かせる。そんなのどかな風景が目に浮かぶ。長年、その役割を変えながら村の歳月を見守ってきた長床。今後も地元の人たちに愛され、磨かれながら、その姿を保ち続けるのだろう。


新宮熊野神社「長床」

●住  所/福島県喜多方市慶徳町新宮字熊野2258
●交  通/JR磐越西線喜多方駅より車で約10分
●営業時間/午前8:00~午後4:00
●拝観料/大人300円、高校生200円、中学生以下無料
●詳しいお問い合わせは/新宮熊野神社保存会事務所
TEL.0241-23-0775

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