にっぽん伝設紀行

北海道北見市 ピアソン記念館 facebook

明治中期に北海道を訪れた米国人宣教師の夫妻が目にしたのは、多くの開拓民が大地を拓き、変革を遂げるさなかの姿だった。今なお残る、夫妻の館は私たちに当時の何を語るのだろうか。

米国の故郷によく似た その風景に愛着が湧き 住まうことを決意

北海道の東部最大の都市、北見市。その小高い丘の上には、「ピアソン記念館」と呼ばれる小さな洋館が建っている。ピアソンとは、かつてここに住んでいたアメリカ人宣教師の名だ。
1894(明治27)年。「日本の農村、農民を救う力になりたい」という想いを胸に抱き、ピアソン夫妻は北海道へとやってきた。夫妻はこの地での開拓伝道を目指し、時に馬の背に揺られ、時には徒歩で各地を訪ね、布教活動に献身したという。訪れた先は函館、室蘭、札幌、小樽、旭川、釧路、名寄、遠軽と広きに渡り「クリスチャンのいるところで訪ねなかった土地はない」とも言われるほどであったという。

 小樽と札幌では、北海道初期の女子教育に貢献。旭川では、軍人伝道や廃娼運動、監獄伝道、学校教育に取り組んだ。そして北見では、略註付旧・新約聖書出版の偉業を果たしたほか、遊廓の設置を阻止し、多くの婦女子を救った。同時に英国人宣教師のジョン・バチェラーとともに北海道の原住民であるアイヌ民族を援助するなど、一貫して人間愛を礎にしつつ布教活動へと邁進した。
そんな夫妻が伝道の最終地点に選んだ地が、野付牛(現在の北見市)だった。アイヌ語で「地の果て」の意味を持つこの土地には、夫妻の故郷・エリザベス市に似た美しい風景が広がっていた。小高い丘の上に、2年がかりで邸宅を建て、1915(大正4)年に完成した。

当時の日本人は 見たことのなかった 最先端の西洋建築

ピアソン邸を手がけたのは名建築家として名を馳せ、また近江兄弟社創設者としても知られるウィリアム・メレル・ヴォーリズ(注1)だ。彼の手による建築物で、現存するものの中では最北に位置するものとなる。
木造2階建て。米国様式の移民住宅にスイス風の山荘を取り入れたこのデザインは、上下開閉式の大きな窓と張り出したテラス、石の集合煙突が実に印象的だ。しかし、この館はヴォーリズ氏の設計した図面通りのものではなかったという。「ピアソン記念館30周年記念誌」によると、「建築を手がけた地元の棟梁に、西洋建築を図面どおりに建てる技術がなかったからだ」との記述がある。いかにこの館が当時、先進的な技術を持って建てられたかが伺えるエピソードだ。
この「森の中の西洋館」を大変珍しがり、同時に夫妻の献身的な人柄を慕う多くの人が、この邸宅を訪れた。そしてふたりは、この高台を「みかしわの森」(三本の柏の木のある森)と呼び、この高台とこの町をこよなく愛した。遠く北光社の開拓地を臨み、足もとには町の灯りがともる。敷地にはカルカヤやキキョウが香り、日曜学校の子どもたちが賛美歌を歌い、庭の芝生で遊ぶ。その姿を、夫妻は慈しみ深いまなざしで見守っていたという。

周囲が都市化した今も のどやかな趣きを残し 静かに建つ慈愛の館

ピアソン夫妻が15年間住みなれたこの「みかしわの森」に涙の別れを告げ、ポプラ並木のピアソン通りを去って、故国アメリカに帰ったのは1928(昭和3)年の春のことである。
その後、宣教師や医師らが20年に渡り住居とした後、1952(昭和27)年より北見児童相談所として利用され、1963(昭和38)年以降は各種団体が活用。1968(昭和43)年より北見市の所有となり、1970(昭和45)年に復元工事を行い、1971(昭和46)年にピアソン記念館として開館された。長きにわたり設計者は不明のままでの記念館であったが、1995(平成7)年にヴォーリズの設計であることが判明した。
1階展示室には、ピアソン夫妻の遺品が、また2階展示室にはピアソン夫妻の故郷であるエリザベス市の資料やヴォーリズに関する資料が並べられている。
北見駅からほど近い場所に位置する館の周辺は、すっかり都市化してしまった。しかし隣接するピアソン公園の緑は、当時と変わらぬ様子を見せている。そして当時3本自生していた内1本だけ残ったカシワの大木も、今や老木の風格をたたえてるようになった。その姿は、慈愛に満ちたピアソン夫妻のたたずまいそのもの。そして今なおここを訪れる人々を温かく迎えているのだ。

(注1)ウィリアム・メレル・ヴォーリズ(William Merrell Vories、1880年~1964年)は、アメリカ合衆国に生まれ、日本で数多くの西洋建築を手懸けた建築家。建築家でありながら、ヴォーリズ合名会社(のちの近江兄弟社)の創立者の一人としてメンソレータム(現メンターム)を広く日本に普及させた実業家でもある。


ピアソン記念館

●住  所/北海道北見市幸町7-4-28
●交  通/JR北見駅・北見バスターミナルから徒歩15分
●営業時間/9:30~16:30
●休樓日/月曜日(祝日の場合は火曜)、祝翌日、年末年始
●入樓料/無料
TEL.0157-23-2546

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